2013年05月16日

D☆ストーン

今回は私が「職業としてのDJ」となるきっかけとなった、ロック喫茶「D☆ストーン」のお話をします
1970年代の東京にはロック喫茶とよばれる、1杯のコーヒーで(もちろんお酒も飲めますが)JBLやアルテックといったスタジオ・モニターと同等のハイファイ・サウンドでお気に入りのロックを聴くことの出来る、ロック好きには堪らないお店がたくさんあって、自称ロック野郎の私も当然のこと、お気に入りの店に入り浸っていました
私が憶えているだけでも、新宿の「レインボー」「サブマリン」「ローリング・ストーン」渋谷の「アナザーサイド」「明治通り」などけっこうあります

そんなロック喫茶のなかでも一番のお気に入りは、原宿表参道と明治通りの交差点近くにあった、ブリティシュロックとプログレを中心としたロック喫茶の「D☆ストーン」でした

20坪ほどの店内の真ん中には円柱形のDJブースあって、その周りを取り囲むようにして配置されたゆったりと座れるソファー、ふだん自宅では到底味わえない大音量でありながら良質なJBLの音、さらに手動ではありましたが、10種類以上の照明機器を組み合わせて行われる、照明と音楽をシンクロさせたここだけのオリジナル・ライティングショーなどが好評のお店は、いつも溢れんばかりのロック野郎、ロック姉さん、ロック少女たちでにぎわっていました

週末となれば、この店のウリともいえるそのライティング・ショーを目当てにエレベーター前には行列ができ、一旦始まってしまえば注文も出来ない位真っ暗になった店内ではキング・クリムゾンやピンク・フロイド、イエスなどのプログレやツェッペリンなどの壮大でドラマチックな曲とともに、音と光の渦に巻き込まれたお客は皆一様に、一見あぶないものでもやってるかのごとく(勿論やってはいませんが)、恍惚の状態、まさに「ストーン」な状態と化してしまうのでした

「ストーン(STONE)」って? 
じつは直訳すると石ですが、ここでいうストーンとは、1960年代のなかば、アメリカの若者たちがマリファナ(大麻)を吸った時に、それが効いてきたことを表現する言葉として「キマった」とか「ストーンした」などと表現した「特定の意識の状態」をいい現わすスラング(隠語)のことを指します
ちなみに、ボブ・ディランが1966年にリリースした世界初の2枚組アルバム「ブロンド・オン・ブロンド」の中に収録されている「雨の日の女(Rainy Day Women #12 & 35)」は、シングルとしてビルボードで2位、全英チャートで7位を記録したヒット作ですが、歌詞の「みんなぶっ飛ぼうぜ!(evrybody must get stoned)」の 「ゲット ストーンド(Get Stoned)」がそのことを表しているとして、アメリカの多くのラジオ局やBBCでドラッグ・ソングに指定され、放送禁止になったという経緯があります

また、マリファナがもたらす「特定の意識の状態」は、ときに「インスタント悟り(サトリ)」なんて言われたりしますがその理由は、その意識状態にあるときの脳の状態を脳波測定器で調べると、禅僧が禅定の状態(悟り)に入っているときと同様のα-波(心身がリラックスした状態にあることを示す脳波)が検出されるからだと云われています
そのほか、別の世界に行くという意味なのか「トリップ」とか、高揚感を得たときの「ハイ」なんて表現されることもあるようです

しかし、そんな危ないまねはせずとも健全でナチュラルにストーンな状態を体験出来るということで人気のロック喫茶 D☆ストーンでしたが、ある時いつものように遊びにいくと、DJも兼ねる超人気イケメン従業員のメ☆君がDJとして六本木のディスコ(たしか「フー☆ー」だったような)へ移って行ってしまうということで、「代わりの従業員を募集してる」ことを知りました

当時の私はカラオケの代わりのような仕事で本意ではないギターを弾いていて、なんとなく流されていたというより堕落に近い生活を送っていたということもあり、興味本位で問い合わせてみると、あっさり「翌日からでも来ていいよ!」とのこと
「え〜!そんな〜!!」と悩んだ挙句、意を決してお世話になっていた事務所の社長に相談すると、「一応ドラマーとして雇ったけどあんまり仕事(ドラマーとして)が無いから・・」と社長もどうしたものか考えていたようで「逆に好都合!」と喜ばれてしまい、結果あっさりとOKとなっちゃいましたが、それはそれで少し情けない気持ちではありました

そんな経緯で、はれて従業員となった私は、その後しばらく続く「職業としてのDJ」の最初の第一歩を、この「ロック喫茶 D☆ストーン」で踏み出したのです

Pink Floyd.jpgさて、今回紹介する曲ですが、D☆ストーンのライティング・ショーで使用した曲のなかでも王道中の王道、王御所ピンク・フロイドの登場です

意外と知られていないことですが、数あるプログレ・グループのなかでも結成が一番古く1967年にデビューしているピンク・フロイドは、結成時は私たちが想像するプログレのバンドというよりサイケデリック・ロックという感じで、デビューアルバム「夜明けの口笛吹き(The Piper At The Gates Of Dawn)」は、ちょっとドアーズにも似たサウンドでした
その後、バンドの中心だったシド・バレットがドラッグの影響でバンド活動が立ち行かなくなったため、それを補う形でデヴィッド・ギルモアが加入、以降バンドは徐々におなじみのプログレ・サウンドを確立していきました

1973年発表のアルバム「狂気(The Dark Side Of The Moon)」はご存じのように全世界で5,000万枚を超えるメガヒットを記録、ビルボード・チャートの200位以内に15年間(741週)に渡ってランクインし続け、さらに発売2年を経過したアルバム・カテゴリー(カタログ・チャート)においては30年以上(1,630週以上)に渡ってランクインというギネス記録を打ち立てた歴史的なアルバムとなり、その後1979年発表の「ザ・ウォール(The Wall)」も当時パンク・ロックとニュー・ウェイヴが世界を席巻しつつあった、まさにプログレというジャンルが死語となっていた逆境の中、全世界で3,000万枚以上の売り上げ、ジャンルを超えた、ロック史に残る名盤となりました

そんな説明不要のメジャー・プログレバンド、ピンク・フロイドの数ある名曲の中から、今回は1971年に発表されたアルバム「おせっかい(Meddle)」より「エコーズ」をお送りいたします
当時メンバーは
ロジャー・ウォーターズ Roger Waters(B,Vo)
リチャード・ライト Richard Wright(Ky,Vo 2008年9月15日没)
ニック・メイスン Nick Mason(Dr)
デヴィッド・ギルモア David Gilmour(G,Vo)

実は「エコーズ」が収録されている「おせっかい」は、以外にもアルバムとしては7作目の作品で(「ザ・ウォール」に至ってはサウンドトラックなどを含めると13作目)、キング・クリムゾンのようにデビュー1作目から大ヒットとなった訳ではありません
しかし、メンバー自身もこの曲が本当スタートだったと語るほど、私たちが思い描くプログレとしてのピンク・フロイドの初期の代表作となった「エコーズ」は、セールス自体はその後の作品に及ばぬものの、多くのピンク・フロイドのファンから「珠玉の作品」と支持を受けている名曲です
また映画として1972年に一般公開されたイタリア、ポンペイ遺跡での無人ライブは多くのプログレ・ファンが評価する作品として伝説となっています

そんな私も大好きな「エコーズ」ですが、今回はピンク・フロイドとしてではなく、2006年に発表されたデヴィッド・ギルモアのソロ・アルバム「オン・アン・アイランド」のヨーロッパツアーでリチャード・ライトが参加して演奏されたものをご紹介いたします
残念ながら他の二人は参加していませんが(ロジャー・ウォーターズは以前からデヴィッド・ギルモアとの確執があったと云われています)、元々リチャード・ライトとデヴィット・ギルモア二人のハーモニーで歌われた曲であると云うことと、個人的思いとして、当時還暦を迎えたご老人の(リチャード・ライトは63歳)プログレの枠を超えた、本家のPINK FLOYDにも勝るとも劣らない「魂のロッカー」としての演奏に対して感銘を受けたことと、それに対して賞賛を送る意味で、あえてご紹介させていただきます

とくにデヴィッド・ギルモアのギターとリチャード・ライトのキーボードの甘く、それでいて切ない音が絡み合いながらエンディングへと向かっていく様は、極めて私的な思いとしてですが、人生の終焉を迎える際のレクイエムのようで、私の中にある叙情のツボをこれでもか〜って押しまくっていく、とんでもない曲にしてくれちゃっています!

では、あくまでもナチュラルにストーンなさってください!

Echoes by Pink Floyd (David Gilmour & Richard Wright)




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posted by Love Music at 00:24 | TrackBack(0) | 後世に残したいロックの名曲紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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